151022【summary】

vol.495

帰国より16日。
帰国までの日記を大量に溜め込んでいた。
そのせいなのかどうかわからないがこの日記の今後のやり方を踏まえ、やりきれない気持ちでいっぱいだったのだが、ようやく帰国日までを整理することができた。

総括をしなければ一区切りつかないだろうということで今回はこれまでの日記を振り返りながら、今後の行く末についてどのように考えているのかここで綴れたらと思う。

はなからここまでこのブログが続けられると思っていなかった100回目。何事も集中力が続かずに三日坊主になることなど当たり前だったこの自分が、ブログという些細なことを継続的に続けられたという事実にまず嬉しかった。
とんでもなく些細なことも書くことに価値がある。と実際に日記でも書いている通り、今こうして振り返ることが出来たのもこの100回が達成出来たからだと思う。

次第に公私ともに生活が落ち着いて来て実は書くことも薄くなってきたと感じていた200回目あたり。私生活での面白いことから徐々に建築に対する考えだったり仕事のことであったりと視界が広げられる余裕もでてくる。
書く特訓はこの日記を通してとても勉強になるのだが、ベトナムという環境下では読む機会が極端に少ない。日本とベトナムの建築環境の差異はあまりにも大きく、設計する上でも苦難する日々ばかりだったのを思い出す。

バイクを手に入れ行動範囲が広がったのが大きかったのだろうか、おおよそ1年が経ちはじめる300回目までにはハノイで人間関係のネットワークが出来てきて、これまで過ごすことの多かった1人の時間も誰かと共有するようになってきたのだった。人との関係性が新しい出会いをつくりだしそれが次第に広がっていく様は日記をたどっていくことでより明確に見える。
何故かそうあることを避けたかったのだが、ものすごく人との繋がりを大切にする人間だったことを知る。だから仕事場で相手とぶつかることも多く、精神的に起伏が激しくなってしまうのだった。 自分の立ち振舞が同仕様も嫌でたまらなく、稚拙だと思うこともしばしば。
そういう浮き沈みに悩まされ相手との関係を断ちきることが1番自分にとって楽だと考える時もあったが、考え方の違う多くの人と話すことが自分を特訓させる場所でもあった。

目線の方向が変わっていく時期に差し掛かる400回目 人との繋がりで生まれた個人の仕事などベトナムでの可能性が次々とめぐってきていた時期だったが、この時期から日本に帰国する決意を固めたのだった。やりたいこともまだあるし、やれることもこれからごまんとあるだろう。
ただ、ハノイに何をしにきて、何を得るのかという趣旨からすると、やはり今ここにいてもしかたがないという思いしかなかったのも事実。
満たされてしまった。

何よりやりたかったことは竹の建築についてだった。ここにきて幾つか竹のプロジェクトにも加わったし、色々教えてもらったりもしたが、結果として1つも建物は建たなかった。
だから「ベトナムで竹建築やるんじゃなかったの」といわれることもしばしば。
がむしゃらに食いついて、しがみついてまでこの竹建築について探求し建物を建てることがここにくるゴールではなくなっていたのだ。
竹建築は大好きだし、その空間を多く味わうことができたのは幸せだ。竹建築を扱う最高の環境(設計事務所)にいられたと心から思っている。
だが現実には竹建築はそこで完結しているものであり未だパビリオンや屋根部材という領域を越えられない。そう考え始めた時に悲しいくらいに竹建築への関心は薄れた。それよりも事務所で取り組んでいたlow cost house(低所得者用住宅)の方がよっぽど面白い。

一方でベトナムという開発国をこれからつくっていく一人の建築家として活動できる価値はあった。この1年半絶対に日本では経験できない事も体験出来たわけである。
更にいうとVo Trong Nghia Architectsの作品集を編集者としてつくったことこそがこれからのベトナム建築に少なからず編集者という立場ではあるが責任を果たせたと思っている。

じぶんにとっての【建築】とはなにか。
それは「住む」という当たり前のことに喜びを感じ、安心できる空間。
何も奇抜なものやおしゃれなつくるためのものでなくていい。
この世界に生きる出来る限り多くの人に安心してもらえる空間づくりを考える方がよっぽど自分には価値を感じた。そのコンテンツとしての竹でしかなかったのかもしれない。そういった意味ではこれからも自分の建築人生に竹はあってはならないものかもしれない。が、間違ってはいけないのが竹ありきの建築ではないということ。

その上でまだ現場経験が足りないのは事実。なのでどこの場所にいようが実務経験は積んでいきたいと考えている。そうして少しずつ自分自身を設計者と恥じなく言えるくらいにはならないと行けないので、尻を叩き続ける決意である。

まずは1月中の1ヶ月は休養することを決めた。
早くも設計をしたいという欲もあるのだが、一週間程静かにしてまた動き出したい。

この日記に関して言うならば、life in vietnam はこの日記をもって完結。
2月からは不定期にでも更新し続けれられるように、また楽しいことをみつけたい。

これまで多くの方によんでもらうことができたこと、心から嬉しく思います。 どうもありがとうございました。

2015.01.22

150101【happy new year 2015】

vol.489

あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願い致します。

ベトナム漬けで終わった昨年に引き換え今年は日本での生活が待っている。 設計も編集もそして加えて奥さんとして成長していきたい。

そんな今日から友人らとともにダナン、ホイアンへ最後のベトナム旅行。 新ターミナルがオープンして国内線は何やらさみしげな様子。

2015.01.01

141030

vol.426

なんとなく次の道を歩き始める支度をしている中で仕事の方も目処がたってきた。
心置きなく終えられるように最後やりきろうと思った日。
最近尋ねられるのが、ハノイを去ることへの未練、寂しさはないのかどうか。

正直に言うと、ない。
やれなかったことは山ほどある。ただやりたいことをやれた事実もある。
いつかは次に進まなければならない。居続けたいと思わなくもないが、変わらずやりたいことができる環境があればいいだけの話。

場所なんて何処だっていい。
こんなに自由にやりたいことができるのも幸せなこと。
ただもっと悔しい思いをして自分を磨きたい。
そのためにも次の道を確実に進もう。

本当に決心がついた、今日だった。

2014.10.30

140904

vol.370

自分は悩み出すとネガティブになりがちだ。
日常生活では楽観的に振舞うのだが劇的に落ち込む時期がある。 学生の頃からの癖でありそのせいで何度か姉の前で号泣した思い出を覚えている。

なぜ姉の前だったのか。
道を踏み外すことなく常に完璧に舗装された道を歩いてきた姉を見ていると、まるでベトナムの凸凹道のように本当に荒れ狂った道を好き勝手走っている自分に自信が持てず、嫉妬や悔しさから姉に八つ当たりしていたのかもしれない。
ネガティブ思考になるとどうしてもモヤモヤとした気持ちを解消できなくなる。 やっくんと出会ってからは彼のおかげもあってその頻度は減り、むしろ自信が持てるようにさえなった。姉の前で泣くことはそれからはもうなくなった。

本当に心の中を見透かされているかのように全てを分かっている人がいる事を誇りに思うし甘やかさずに正面からぶつかってくれることを感謝しなければいけない。
この癖は褒められなれていないことからくるのではと言われることがあるが、勉強ができなかったことが本当にコンプレックスで自分をダメ人間としてしか扱って来なかった結果なのだ。 それは仕方ないにしろ、いまは本当に胸を張って自分と向き合えている。

今日はさらに晴れやかな気持ちになれた。背中を押してくれる人がいるのだから頑張ろうと思える。

人生を最高に素晴らしいものにするためにはマイナスなことを考える時間だって無駄。 それをハノイでまた教えてもらった。

それでもたまに泣きべそはかくだろう。でもきっととても前向きな泣きっ面でありたい。

2014.09.04

140122

vol.147

[日本国憲法]
第3章 国民の権利及び義務
第19条 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。

[THE CONSTITUTION OF JAPAN]
CHAPTER III. RIGHTS AND DUTIES OF THE PEOPLE
Article 19. Freedom of thought and conscience shall not be violated.

ここ数日、精神的に非常に厳しい状況にいる。
ベトナムにきてから様々な出会いを通して自分の考え方に幅がでてきたように思う。 それにより自分の考え方もしっかり持つようになってきたのかもしれない。

今自分は非常に窮屈な環境にいる。
隠さずにきちんと自分の考えをここに書きたい。

事務所の考え方を否定しようと思っているわけではないが、肯定しそれに加担することは出来ない。 世の中キレイ事で全てができているわけじゃないことくらい承知だし、正義感の塊をむき出しにするつもりはないが、個人の意思を剥奪してもやり通すやり方にどうも理解を示せない。 嫌だけどやらなければならないなどという考えこそ私には一番納得できない。

おかげでここ数日通常業務ができない。
こんなことをするためにここに来たわけでもないし、ましてやそれを強要されるなど思ってもいなかった。建築をつくるためにきたのに、まったく不愉快だ。

それが個人であってもきちんと自分の意思は伝えたいし少しの辛抱もしたくないので、何も協力する気はない。

初めて事務所に行きたくないとおもったし、今後について色々考えさせられる。

あまりにも漠然とした内容かもしれないこの日記。何をしているのかを暴露するためではなく、自分がこの状況に納得出来ないということが伝われば良い。
そしてなぜか色々考えて行く中で日本国憲法に辿り着いた。彼らが自国を武器にして戦うのであれば、こちらも日本国民としての立場をきちんと示したい。

2014.01.22

131224

vol.118

Merry Xmas eve

ベトナムで初めてのクリスマスをすごす。

特別何か外が盛り上がっている様子もなく、キラキラ光っているわけでもなく、あるのはささやかな店頭の飾り

仕事は変わらずあるわけで、特に考えていたわけでもないので、仕事終わりに並んでなどいないケンタッキーで当たり前のように冷え切ったチキンを食べて1日を終わらす予定だった。

そんな日になるはずが、チェコカップルのいきな計らいにより、ささやかながらにクリスマスディナーに誘ってもらった。彼らに全ての料理を任せたおかげでとびっきりおいしいカツを食べることができた。

キッチンが狭いせいで美味しくできなかったと嘆いていたが、とんでもない。ここでこんなに美味しい食事ができて本当に幸せだった。

心温まる素敵な時間を同僚5人で過ごすことができた。

 

 merry xmas dinner / クリスマス・ディナー

merry xmas dinner / クリスマス・ディナー

チェコではクリスマスの定番があり、魚を食べる習慣やfairy tale movieをみたりするらしい。

日本だと…ケンタッキー…?

そんなわけで夕飯にはカツとポテトというチェコスタイルを堪能した。彼らは鯉を食べ、私はもちろんトンカツを用意してもらった。そんな気が利く彼らと今年ともにすごせて本当によかった。

それでも本音をいうと来年は家族で過ごしたい。やっぱり私にとってクリスマスは家族といることに限る気がする。

2013.12.24

131212

vol.106

働き方は人ぞれぞれ。
仕事をライフワークにして四六時中働き続ける人や、プライベートを大事にして仕事の時間を最小限にする人。どの分野の職業においても両者がいる。そしてどこの国にもこのどちらもが存在する。

初めてあったカナダ人女性(設計事務所勤務)とチェコ2人との4人で夕飯をとった際に出た会話を書くことにする。
働きはじめて4ヶ月目になるが、こちらでの仕事は昼食に飽きるという点以外においては非常に働きやすい。
こんな私の意見を真っ向から批判するのがそれ以外の3人だった。聞いているとこんな感じ
1.労働時間が長い(19時退社は異常)
2.徹夜なんてもってのほか。
3.土曜日の半日労働もおかしい
4.職場の上下関係があるのはおかしい(それがprincipal architectだとしても所員と同一の立場で働くべき)
5.休みがなさすぎる(ベトナムは特に公休がない)
6.外国人労働者への待遇が悪い

私には普通だろうと感じることだが、かけ離れた世界でこれまで生きてきた彼らにとっては、どうしても今の労働環境に納得ができないという。

休みたいときは1ヶ月休むし、日本人学生のタダ働きなど彼らにとっては言語道断だ。日本だと給料の未払いや遅れなどは時々聞く話だし(これは許されるべきではないと思うが)、ある程度は受け入れていかないと生きていけない世界なのかもしれない。

外から見れば日本人は比較的アホみたいに働いているように見えるのだろう。
夜中の2,3時退社、もしくは始発前に出勤するやっくんのような人は宇宙人なのだ。(私にしてもそういう風に見える)

色々な考えがあり、様々な働き方がある。
個人の自由だし、どちらがより効率的に働いているのかという議論をすること自体不毛なのだろう。人種を越えて分かり合えない領域などいくらでもある。

ここに来なければもしかしたら自分とは違う考えの人を(納得することがなくても)理解することもなかったので、良い機会だ。もちろん一方的に自分の意見が正論かのように話をされることで理不尽な気持ちになる時もあるが、これぞ異文化交流なのかもしれない。

そして、「この議題自体、時間の無駄」だと帰宅してもなお働きながら言っていた彼の言葉にはとても説得力があった。説得力のある宇宙人。

2013.12.12

131206【vol.100】

vol.100

記念すべき100回目の日記は偶然にも兄の誕生日。なんともおめでたい。
3日坊主の自分がここまで書き続けられるのも、読んでくれる人が身近にいるというのが最大の理由だと思う。時に「楽しく読んでくれている」という声を聞くと心から嬉しいし、俄然書く意欲もわく。

もちろん毎日ベトナムの楽しい生活を書けるわけでもなく、仕事に関してもそれなりに制限があるので書ける内容も難しい。最近では生活に慣れてきたので何でも不思議に思えていたことも「当たり前」になりつつある。

何を書くのも自由だし、書くことを義務化してしまうと、それは窮屈になり精神的負担になるため、楽しく書け続ける限り書こうと決めている。
この日記をはじめてからの目標は、最低でも100日は続けたい、ということだった。めでたくその目標は達成したので、無理ない程度に今後も更新し続けられたらと思う。

この日記はタイトル通り「life in vietnam」として続けており、完全にベトナム中心だ。というかベトナムというトピックがなかったら何もここまで続けなかったと思う。馴染みのない生活を書くことは非常に楽しいし、それを多くの人に共有していければとも思っている。
だが、今後はいつまでもベトナムに頼るばかりではなく、このブログがきちんと自立している必要がある。

石山修武の「世田谷村日記」難波和彦の「神宮前日記」など、これらの建築家の様に、このブログもアーカイブしていけるように努めたい。そうすればいずれ自分の大きな財産になる。
タイトルは所在地によって頻繁に変化していくだろうから、後々少し考え直す必要があるかもしれない。場所はどこであれ、色々な場所や状況でこの日記を書き続けられたら自分にとって最高に理想的なブログになることだろう。

さて、今後も引き続きよろしくお願いします。

2013.12.06

131031

vol.64

Happy Halloween.
いつから日本でもここまでハロウィンパーティが恒例イベントになってきたのだろうか。 今年はやたらと色んな人がパーティにいっては仮装をしている写真をみる。社会人の方がみんなゆとりあるんだろうか。

そんなイベントごとから遠く離れたベトナム人はハロウィンということも知っているのか謎だが。 確かに自分も起源を知らないので調べてみることに。
古代ケルト人が起源と考えられている祭りのこと。もともとは秋の収穫を祝い、悪霊などを追い出す宗教的な意味合いのある行事(Wikipediaより)

楽しければよいのですよね、きっと。

そんな今日は生誕前夜祭。この1年を振り返ることに
卒業をし、就職をした2012年に引き続き環境の変化の多い年になった。
退職ー結婚ー就職ーベトナム
去年の今頃は新建築を辞めるとは全く考えてなかった。ただ目の前で辞めていく人が続出していく中で先輩とがむしゃらに働いていた。 3月になりこの事務所の話をもらい、悩んだ挙句受けてみることを決意。
設計がしたいという想いが強かった。意外にもフットワークが軽かったのには周りも自分も驚きだったが、一度しかない人生、やれることは全てやりたたいと思った。 今はベトナムでそれなりに環境に慣れ、仕事もひよっこながらに這いつくばってる。 これから起こること、感じること全てを大切にまた次のステップに向けて頑張らないといけない。

こうして好き放題できるのもすべては家族のおかげだと思ってる。 家族といえば結婚。これまでと変わらず、そしてこれからも支え合える関係。 一般的に求められる究極の瞬間はないかもしれないが、毎日がなんとも心地よい。 大切だと思える家族も増えたことが今はすごく嬉しい。

振り返ると、この1年は挑戦の年だった。
ここ数年、色々挑戦してきたが、次第に欲深くなり勢いが強くなっているように思う。 これかからも突き進むのみだが、いつまでも若くもいられないので落ち着く時間もつくる。

というわけで明日からの「この1年は人生設計をする年にしたい」。

2013.10.31

131029

vol.62

こっちの食事はあまりにもバリエーションがない。
とこれまでいろいろ文句をいってきたのだが、根本的に食事に関心がないのだった。 日本でも自分が口にしていたものはたかが知れている。

違うことといえば、それを喜んで食べているのか(日本)、あるものを食べているのか(越)。 どれほど食事に関心がなくとも、やはり好きなモノを食べられるのは幸せなんだと実感。

日本にいるときよりも好き嫌いをせず色々挑戦しているわけだが、どれもわりと口にあう。 生魚を食べる機会がないというのは大きいのかもしれない。

この間はカタツムリ屋へ。さすがに試すのは無理だった。
目の前にはカタツムリ、右には犬、左には上裸のおじさん、後ろにはバイクが走る。

これまでも色々紹介してきたが、今日は3つほど。
1)創作とうもろこし:20.000vnd(100円)
小魚と醤油とダシらしきなにかが混ざったもの。少しあっさりしているけど親しみやすい味。 ベトナムのとうもろこしそれ自体はあまり味がなく、そのまま食べれないこともないのだが、物足りなさを感じる。(日本でも塩をかけるから同じことをすればよいのだが)この創作料理を作っている屋台のお姉ちゃんは毎日道路脇でつくっては売っているらしい。コーンを焼くためのフライパンとその横には材料となるとうもろこしを蒸す鍋が設置されている。これほど調理器具が完全装備された屋台ははじめてみたが何ともかっこよい。
つくっているの見ていたらすごい人が集まりだしたから、相当な人気店なんだろう。

2)餅:3000vnd(15円)
いつも朝ごはんを買うところと同じく、ちゃりんこで現れるおばちゃんがある日売っていたもの。外は普通の餅で中にすり潰された黄色の豆がはいっている。普通に美味しかったが口の中の水分を吸いられる上に2個食べたら飽きる味。

3)お茶:free
事務所に常備してあるのだが、お茶っ葉を生でコップに入れてお湯を注いで飲む。 茶こしを使わないこと抵抗はあるものの、意外と普通に味は出る上に苦くならないし何ででも飲めるすぐれもの。ただスプーンを添えて飲まないと思わず茶っぱを飲んでしまうから面倒。

2013.10.29

 1) Corn / とうもろこし

1) Corn / とうもろこし

 2) Rice cake / 餅

2) Rice cake / 餅

 3) Vietnam green tea / ベトナム緑茶

3) Vietnam green tea / ベトナム緑茶

130927

vol.30

突然スタッフから打ち合わせをするから図面出せと言われ、予期せぬタイミングながら打ち合わせが始まる。 自分がこんなにもちっぽけだなんて…。ここ最近はソフトに振り回され続けたような気がする。

あと、時間の使い方。

やみくもに作業をしていることは確かだけれど、効率よく仕事をするためにもしっかり時間管理が必要だと改める。

前職でも同じような反省をした際に試みたこと。
「⚪︎⚪︎分までに⚪︎⚪︎を終わらせる」 と1日のスケジュールを分単位で決めてそれを実行する。

幸いなことに昼食以外外に出ることもなければ電話をとる必要もないので邪魔も入らないからやりやすいはず。
突然訪れる打ち合わせ以外は。

というわけで大分仕事も慣れてきたので次回からもう少しばかり自分の尻を叩き始めようと思う。

そんなわけで今日は朝まで自宅仕事。机が小さいのが残念だけど邪魔するものもないのでわりと集中できる。

そんな今日の夕飯は時間がないのもあり、日本からの助っ人を頂く。 母が頼んでくれる保存食のような強者。彼らのおかげで辛い時は日本の味を噛みしめることができる。

量はそこまで多くないが、私のような小食にはもってこい。しかもお湯があればそれだけでよいからすぐできあがる。 彼らの中でもやはりしじみ味噌汁が絶品。考案した人に拍手。

2013.09.27

 Japanaese food / 日本食

Japanaese food / 日本食

 Japanese noodle / にゅーめん

Japanese noodle / にゅーめん